「なぜなぜ分析」の狙い 不具合対策は仕組みの改善までは、前職なら納得の内容である。でも、転職して今の職場では、こういう議論ができる職場がうらやましい。今の職場は、開発の仕組みすらないからだ。開発は、全て、属人的である。回路図と部品表しか残っておらず、設計ドキュメントは何もない。流動の激しい職場なので、設計者は残っていない。何とか、まともなドキュメントを残そうよ、と言っているのだが、忙しいから、で終わりである。
カテゴリー: 転職活動
開発は問題の連続
長い間、管理職をやっていたが、定年を機に転職して、久しぶりに現場仕事をしている。先日、自分で回路設計をし、自分でコードを書いた商品を出荷したのだが、見事に問題を起こしてしまった。
電源をONしたまま放置すると、起動しなくなるというバグである。まあ、昔からよくある問題だ。負荷試験と放置とどちらか厳しいかというと、放置の方が難しかったりする。コードを書くときに、負荷は気にしても、長時間放置しておくとどうなるか、ということを気にしてコードを書くことが手薄になるからである。
まあ、年の功で、あまりあわてずに、対応している。
大企業と中小企業の年間勤務日数の差
今日は勤務であった。別に休日出勤というわけではない。全ての祝祭日と年末・年始および夏季の休暇では、就業規則で定められた年間勤務日数が不足するので、年に何回か土曜出勤の日があるのだ。
前職の大企業では考えられないことである。たぶん、年間の勤務日数は、10日以上違う。
ちょっとしたことなのだが、この手の差がいろいろとある。実際に中小企業に勤務してみないとわからないことである。
久しぶりに古い開発装置を使う
転職してから、PIC32で開発をしていた。ちょっと、事情があって、古い製品のソフトを必要があった。どのくらい古いかというと、開発装置にROMライターがついていた。こんな開発装置を見るのは、本当に久しぶりである。74C256というのは、昔、使っていたことがある。でも、本当に昔だ。
開発装置との接続は、RS232C。しかも25ピンDSUBである。
だが、この開発装置のソフトは、Windows10でも動いている。大したものだ。

できる限り在宅勤務に移行する:できないではなく、できるところからやる
在宅勤務への移行が経営課題になる時代が来るなんて、誰が予想しただろうか。私も、メーカー勤務だったので、在宅勤務など、一部のパワーポイント職人だけの世界だと思っていた。
でも、今やそんなことは言ってられない。私の転職先の中小企業は、メーカーではないのだが製品開発部門がある。私はそこで勤務している。前職と同じ組み込み技術者をやっている。前職の大企業では、デスクトップPCを開発用に、ノートPCを出張用に使っていた。転職後は、開発も事務作業も兼ねたノートPC1台しか支給されない。まあ、仕方ない、と思っていた。でも、このご時世になって、それが幸いし、ノートPCと、開発した組み込み基板とを自宅に持って帰れば、在宅勤務ができる。怪我の功名である。
組み込みといっても、大規模なシステムだと、自宅では開発できないところも多いだろう。でも、なるべくシミュレーションですますなどの対応もできるはずである。シミュレーション環境を構築するのは大変である。今までは、開発期間の問題などから、そんなことに手をつける余裕はなかた。でも、今や、自宅で開発を継続することが必須になってきている。現時点では、会社へ行けないこともない。でも、最悪、都市封鎖になる可能性もある。そんな場合に備えて、今から、できる限り在宅で開発を継続できるようにすることが、開発者の心構えだと思う。
転職してもうすぐ1年:惰性に陥ってきた自分に反省
大会社を定年退職後、中小企業に転職し、もうすぐ1年になる。当初は、慣れない環境で、いろいろと大変だった。今は、徐々に慣れてきた。一方で、惰性に陥っていた。何となく、今ある仕事をこなしているだけの自分に気づいたのである。
転職するときは、前職のようなマネージャーではなく、技術者として、開発を担当できる仕事をしたいという目標で就職活動をしていた。望みがかなって、給料は安くても、担当者として仕事ができている。だが、人間とは不思議なもので、せっかく、やりたかった開発の仕事をやっているのに、惰性に陥っているのである。
全体としてやりたいことは、書き出せていた。でも、自分にとって、最も明確な新製品開発という業務以外は、ブレークダウンできていなかったのである。具体的にブレークダウンできていないものは、単に願望であって、仕事ではない。当たり前である。
そんな当たり前のことができていなかったため、目の前で明確になっている仕事だけをやって、満足していた。これでは、惰性に陥るはずだ。困ったものである。政府が言っているように、70歳まで働くようになるなら、まだ9年の年月がある。9年は、長い。その間、惰性で仕事をしたくはない。自分の技術者としての成長も含め、仕事を再構築しよう。
蟹工船からは勉強では脱出できない
下請け技術者が乗る「現代の蟹工船」は必ず沈む、辛い仕事を捨てDX人材になれという記事を読んで、違和感を持った。下請けを現代の蟹工船といいながら、そこから脱出するには、勉強だというのだ。でも、勉強では脱出できないだろう。
実績のある技術者は、転職という脱出方法がある。でも、実績がないと難しい。勉強では、実績はつかない。では、どうすれば、実績を積めるのだろう?下請け企業での実績とは何なんだろう?難しい話である。
休日の勉強
今さらだが、少しアナログ技術を再勉強しようかと思っている。大企業の技術開発担当だったとき、基本的には、デジタル回路と組み込み周りの開発を担当していた。若い頃は、まだ、組み込み技術者が少なく、周囲はアナログ屋の方が多かったので、それなりに重宝された。そのまま、管理職になり、アナログ系は、体系的に勉強しないままになっていた。
転職して現場復帰すると、時代は変わり、アナログ屋など絶滅危惧種になっていた。アナログ回路を必要とするような仕事もほぼないので、当たり前である。でも、アナログ的なセンスは必要だ。デジタルといったって、アナログを離散化して使っているだけだからだ。純粋なデジタルなど組み込みでは存在しない。
いまさらアナログばりばりになろうとは思わないし、今からでは無理だろう。でも、さび付いた知識を再勉強するのは、それなりに意味がありそうだ。現役でいたければ、勉強するしかない。
ハードウエアハッカー:電子回路以外へも興味が広がる
もの作りが好きだ。そのため、定年退職後は、回路設計を任せてくれそうな会社に転職した。久しぶりに、自分で全ての回路を設計し、明日、実装基板が到着する予定だ。
そんな私にとって、ハードウェアハッカー ~新しいモノをつくる破壊と創造の冒険という本は刺激に満ちていた。優れた技術力というのは、好奇心と実行力から生まれるということが、よくわかる。
単に電子回路を設計するだけでなく、深圳でのモノ作りを作業者と一緒に進め、プラスチック筐体の設計に手を出す。1つのものを作り上げるための情熱は、もの作りの原点だろう。
転職の風景:人生の二期作め
ラジオを聞いていたら、人生二毛作という話をしていた。第一の人生と第二の人生を違う場所や違う仕事や違う生き方をしようという提案である。
私も、定年によって第二の人生に入っているが、人間が不器用なので、会社が変わっただけで、相変わらず組み込みという第一の人生と同じ仕事をしている。まあ、人生の二期作めということかな?