前回、急に肩が痛くなったという話を書いた。痛いのは肩なのだが、肩がいたいだけで、全体的に体調が悪く、頭の働きもにぶくなる。生涯現役のための第一条件は、健康であることを実感する。60代は筋肉減少が2倍のペースにという恐ろしい題名の記事もある。どうやら、年を取ると、筋肉減少のペースが急激になるらしい。例によって、運動でこれを阻止しましょう、という記事なのだが、どこまで実践できることやら。
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急に肩に激痛:カルシウムのせいらしい
先週の木曜日あたりから、急に肩に激痛がはしるようになった。キーボードすら打てない状況では、仕事にならないので、金曜の夕方、整形外科へ寄ったら、レントゲンを撮られた。
右肩の骨のあたりに、うっすらと白く見える部分があって、これがカルシムで、激痛の原因らしい。石灰性腱炎で、自然に治癒するらしい。とはいえ、激痛なので、その日は注射を打ってくれ、1週間分の鎮痛剤をもらって帰った。今日で4日目なのだが、注射の効果が薄れつつあり、少し痛い。まあ、激痛ではないので、病院に行くほどではないが。
いろんな病気があるものだ。
ゲームブックの再販:火吹山の魔法使い
ゲームブックというのが、一時的にブームになったことがあった。その火付けとなった作品が再販されている。ファイティング・ファンタジー・コレクション ~火吹山の魔法使いふたたび~ 再生産版だ。ゲームブックが登場した時点と、コンピュータRPGが爆発的に進化した時点がほぼ重なったため、ゲームブックはすたれてしまった。私も、少しだけやってみたが、すぐにコンピュータRPGの方へ時間を割くようになった。でも、久しぶりに、こういうレトロなものもやってみたいと思って、衝動買いをしてしまった。
子育て世代の母親の就業
子育て世帯「母親が仕事」8割超す 厚労省調査で過去最高という記事を読んで、私が若い頃と本当に時代が変わったのだなあ、と思う。母親が働いても、子供を預けるための施設が充実しないと、結局、収入はそれほど増えない。本当に、このあたりのことは、国策として考えないと、と思う。
エリア51は政府の嘘情報?
UFOはいなかった。「エリア51=宇宙人研究所」は米国防総省が流したウソ…機密文書が明かす情報戦の内幕は衝撃の内容である。エリア51については、うその情報も多いだろうから、この記事が正しいとは限らないが。
でも、そもそもの最新戦闘機開発をカモフラージュするためのでっちあげだった、というのは、面白い話である。
会社のPCをWindows11にしたら少し遅くなった感じがする
会社のPCをWindows11にバージョンアップした。個人のPC3台は既にWIndows11にしているので、使い方はわかる。ただ、PC自体が、6年以上前のPCなので、Windows11にしたせいで、どうも動作が遅い、特にブラウザとかメーラとかの立ち上げに時間がかかるという印象である。
リストラしながら自分の巨額給与はしっかりもらう経営者
巨額赤字、大リストラでも… 日産、前社長らに計6億4600万円というニュースを読むと、この会社の人たちの常識を疑ってしまう。リストラをやっておいて、こんな巨額な給与を堂々ともらえるなんてねえ。
「なのかを問う人」
時代に合わない「情報システム」という言葉を使い続ける企業は衰退するという記事の中で、面白い話があった。少し引用する。
「もうかるのか」「できるのか」「事例はあるのか」は亦賀氏がかねて批判してきた、「なのかを問う人」の口癖である。「なのか」を問うのではなく、「自分で戦略を描き、『実行する』『勉強する』『調べる』など、自分ですることが重要」と言う。
「もうかるのか」「事例はあるのか」は、前職でさんざん言われてきたことである。前職は研究開発部門であった。
「事例はあるのか」と聞かれて、NOというテーマをやるのが本来の研究開発部門の仕事であるはずである。でも前職ではそうではなかった。事例があって、その事例を少し改良したものでないと、「もうかるのか」という問いに答えられないからである。
行く前から疲れている万博
今週末に万博へ行こうと思っている。万博来場者が最多16万2000人、5月31日…初の15万人超というニュースを見ると、行く前から疲れている。休憩ができればいいのだが、休憩する場所まで混雑していたら、高齢者にはつらい。
OJTというのは無教育のこと
設計部門にはびこるOJTという名の無教育という記事を読んだ。設計者をどう育てるのか、というのは、本当に難しい課題である。結局OJTしかない、といいながら、満足なOJTもできず、無教育のままになっている。
それは、その通りである。でも、この記事のように、スキル項目とスキルマップを用意し、それに対するOFF-JTの機会を与えるということが、教育なのだろうか?
OFF-JTで学べるのは知識である。知識なしには、設計はできない。でも、知識があっても設計はできない。知識は、設計の必要条件でしかないからだ。