OJTというのは無教育のこと

 設計部門にはびこるOJTという名の無教育という記事を読んだ。設計者をどう育てるのか、というのは、本当に難しい課題である。結局OJTしかない、といいながら、満足なOJTもできず、無教育のままになっている。
 それは、その通りである。でも、この記事のように、スキル項目とスキルマップを用意し、それに対するOFF-JTの機会を与えるということが、教育なのだろうか?
 OFF-JTで学べるのは知識である。知識なしには、設計はできない。でも、知識があっても設計はできない。知識は、設計の必要条件でしかないからだ。

今月はANAの日のチケット販売ないらしい

 プライベートで飛行機を予約しようと思っていた。せっかくだから、一応、毎月29にやってるANAの日の安いチケットを購入できないかと思って、1週間ほど待っていた。ところが、5月度は実施しないらしい。システムメンテのため。
 1週間も待つんじゃなかった・・・。

10年以上続いた習慣がなぜか中断されてしまった

 10年以上前から、毎日、3行日誌を書くのを習慣にしていた。3行なので、その日にあったことを1分くらいで記述できる。短い時間しか使わないが、その日の出来事を振り返るきともできるので、続けていたのである。
 ところが、その習慣が、なぜか中断されてしまった。中断しようと思ったわけではない。なぜか3か月くらい、まったく無意識のうちに中断されてしまっていたのである。何がきっかけでそうなったのか、よくわからない。

在宅勤務でできることはAIで代替できる

 少し前までは、AIなんて何もできない、と思っていた。ところが最近では、在宅勤務でできるような仕事は、その大部分がAIで代替できるようになる、と思っている。その一つがプログラミングであることは間違いない。
 ついにAI普及によるソフト開発者の淘汰始まる、マイクロソフト大量解雇の衝撃は、実際に雇用にまで影響を与えているということを伝えている。

AIではなく、人にしかできない仕事って何だろう?

 AIなんて、所詮大したことない、と思っていた。人月商売に付加価値なし、システム設計などSEの仕事は全て生成AIが持っていくという記事を読んで、少し意見が変わった。
 この記事にあるように、「生成AIが人に取って代わっても、人は人にしかできない付加価値の高い仕事をすればよい」と私も思っていた。だが、この記事によれば、今「付加価値の高い仕事」と思われている仕事ほど生成AIの得意領域だという。少なくとも私は、この記事を読んでそれに納得してしまった。
 人にしかできな仕事というのは、人の身体機能を使ってやる仕事にこそあって、在宅勤務でできるような、知的作業と思われている仕事は、生成AIで代替できる。そう思う。

G/Wの旅行の時差ぼけ

 5/1から5/7まで、特典航空券を利用して、オーストリアへ旅行に行っていた。5/8、5/9は出勤だったが、さすがに長年サラリーマンをやっていただけあって、日中の仕事は何とかなった。ところが、5/10の土曜日は、旅行中の疲れと、時差ボケとで、朝の起床時間は送れるし、夜は1:00頃に目が覚めて眠れないわで、結構大変だった。
 年を取るにつれて、日本に帰ってきてからの生活を元に戻すのがつらくなっている。