日本語を、取り戻す。:筆者がどんどん常識派になってくる

 小田嶋隆のエッセイは好きで、単行本が出る都度読んでいる。最初の頃は、少し毒がある内容が面白かった。今でも毒はある。でも、その毒が、どんどん常識派になってきた。逆に言えば、今の世の中の一部の動きが、なにか変な方向へ行っているということなのかもしれない。

三秒間の死角:潜入捜査に協力した元犯罪者

 テンポ良く一気に読める。潜入捜査に協力するため、政府高官の約束まで取り付けて、巨悪犯として牢獄に入るが、途中で政府に裏切られる。その裏切りからいかに逃げるかという物語だ。
 次々と障害が襲いかかる。ただ、なぜか切迫感が感じられない。そこが少し残念なあところである。

  

ゲームの王国:脇役の不思議な登場人物

 ポルポト時代にカンボジアが舞台という、かなり変わったSFである。主人公2人は、いかにもSFの主人公という感じである。この2人を中心に、暗黒の時代を生き抜く。
 だが、脇役が圧倒的な存在感がある。輪ゴムで将来が見える子供、土を食べる男、なんというか、本当に不思議である。

インテル 世界で最も重要な会社の産業史:前半は本当に面白い

 私はZ80が登場した頃に、マイコンを触りだした世代である。第1世代ではない。でも、16ビットマイコンなど影も形もなく、モトローラもそれなりに勢力があった。現に私は、インテル派ではなく、モトローラ派であった。マイコン回路設計も、アセンブラもモトローラの6800で勉強した。
 マイコン初期には、インテルがこれほど圧倒的になるとは思われていなかった時代がある。この本の前半は、そんな時代の話だ。インテルが16ビットマイコン8086を出したすぐ後でモトローラが68000を出す。マイコンの性能としては68000の方が圧倒的に優れている。でも、それをマーケティングの力で抑え込む。ハイテク産業といえども、技術力だけの世界ではないことがよく分かる。

クロストーク:メインストーリーは単純なのだが

 ひょんなことからテレパシー能力を持ってしまった主人公が、あわてふためく、というメインストーリーである。言ってしまえば、それだけのストーリーなのだが、さすがにコニー・ウィルス。約700頁もの内容を飽きさせない。ある程度、展開は読めるのだが、要所要所で小技がきいている。

逆・タイムマシン経営論:歴史は繰り返すとはよく言ったものだ

 昔のビジネス雑誌を読み返すと、今と同じような事が起きている。特に、バズワードに関わることはそうだ、ということを、具体的な事例を基に明確にした本。
 バズワードに踊るというのはよくあることだ。若い頃は、本当に踊らされていた。少し年を取り、経験をつむと、そんなの一時の流行でしたかない、とそっぽを向くようになる。
 そして、ずるがしこい人たちは、そんなの一時の流行でしたかないとわかっていながら、それをネタに金にする。歴史は繰り返す、である。

ローマ史再考:東ローマ帝国から見たローマ史

 私のローマ帝国史の知識のほとんどは塩野七生のローマ人の物語によっている。この長い物語で、キリスト教がローマを動かすようになってからは、明らかにトーンダウンしている。なによりも、前後関係がよくわからないことが多いのである。
 本書は、それを、コンスタンティノープルの名前のもととなったコンスタンティヌスからユスティニアヌスまでの東ローマ帝国初期の200年間の歴史を記載している。これを読みながら、そうだったのか、と思うことも多い。この予備知識を基に、ローマ人の物語を再読してみたい。

剱岳-線の記:行動する考察

 新田次郎の「剱岳・点の記」は強い印象を残す傑作である。三角測量点を設置するために命がけで剱岳に登頂成功したら、そこには昔、山伏が置いていった祈祷用の道具があったという話だ。この山伏はいったい誰で、どのように剱岳へ登頂したかを読み解くのが本書である。過去の文献をさぐるだけでなく、今でも難しい剱岳への登山を実際に経験しながらさぐっていく。この行動する考察力には、本当に引きつけられる。