2016年10月アーカイブ

 本書に出てくる本とそのエピソードのかなりの部分は、今までの著作の中でも触れられている。それでも中身にひきつけられるのは、本の出会いと著者の若き日の成長とが同期しているからである。
 あの知性がどのように形成されていったか、その知性の形成に関わった本は何なのか、ということがつぶさにわかるのである。
 そういう意味では、著者の読書論の集大成的著作と呼べるかもしれない。

 数理という言葉が題名にあるだけあって、正直言って、難しい本である。でも、「解き明かす」ということが、こういうことだったんだ、という面白さを教えてくれる。特に、「数理で脳を紐解く」という章の、脳の中ではパターンを重ね合わせで蓄えていて、外界の刺激からその重ね合わせのパターンを大抵は的確に、でも時々間違って想起してしまうという現象を、簡単な数式で示す部分は、本当に感心してしまった。
 コンピュータパワーにまかせて問題を解く、ということも重要だが、こういう数学モデルで現象を理解するということも重要なのだということが、よくわかる。

 電機業界は、どこもかしこもリストラである。SANYOのリストラを描いた本に関する感想は、以前書いたことがある。
SONYは、何とか持ちこたえているのが、その陰でこんなリストラが進んでいたとは恐ろしい話である。

(会長兼CEOを務めたヘンリー・ボールソン氏が)05年度にゴールドマンサックスから得た報酬は、賞与を合わせて約44億円。(中略)
 こうしたニュースを聞くたびに、私はハワードと額を寄せ合って、「業界を間違えたなあ」と嘆きあいました。ケタが違いすぎます。
と、出井元社長が述べているという。

 SONYのリストラされた社員も、億を超える報酬を得ていた出井・ストリンガーコンビに、ケタが違いますと思っていただろうと続く。
でも、私は、思うのである。社員は、きっと、この2人は、確かに業界を間違えたに違いない。SONYに来て欲しくなかったと思ったに違いない。

 労働者が機械との競争に敗れて、仕事を失いつつある。本書が発刊された3年前(2013年(には衝撃的であった内容が、人工知能ブームの現在では、当たり前のことのようになってしまっている。恐ろしい話である。

 日本史の中から特筆すべき偉人を取り上げて、その偉人たちが日本史において果たした役割を、渡部昇一と堺屋太一の2人から教えていただく、というありがたい対談集である。
 取り上げられた人数が多いので、ちょっと1人1人の掘り下げが足らない部分もある。ただ、あまり掘り下げると、対談にならない部分もあるのかもしれないので、この程度がちょうどいいのかも、という気もする。
 渡部昇一と故谷沢永一との対談は、息が合って丁々発止というリズムであったが、本書ではさすがにそこまでいかない。

 

 海外SFハンドブックで、オールタイム・ベストの第2位(1位はソラリス)に選ばれた有名なSFである。前から読もうと思っていたのだが、手に取るまで時間がかかった。正直言って、グレッグ・イーガンのSFは少し苦手なのだ。ハードSFとして、あまりにもハードなのである。
 今回もそうだ。随所に出てくる科学的な話が、一応理系人間である私にもさっぱり追いつけない。メインストーリーは、こうした部分を理解せずとも読み進めることができるのだが、理解せずに読み飛ばしていた部分に関する消化不良感が残ってしまうのである。

 日本の神話について、一般の読者を対象とした本では、史実と対応して解説していることが多い。本署は、それだけでなく、地方の神話をどのように中央政権が吸収してきたがとか、外国の神話との対比などいろいろな角度で神話の解説をしてくれる。
 単なる歴史好きの読者としては、少し情報量が多すぎるが、読み飛ばしでも趣旨はわかるようになっているので、自分の興味のあるところだけ、じっくり読めばいいのではないだろうか。

 前から感想を書いているホーンブロワーシリーズが、これで完結する。士官候補生から提督までの活躍を描いたシリーズだ。さすがに海軍提督というのは、偉くなりすぎて、艦長の頃が一番面白かった。