2015年1月アーカイブ

 「押井守流の仕事に必要なことは、ある種の映画の見方で学ぶことができる」というのが、正しい題名だと思う。押井守流の話はたぶん好き嫌いがあるだろう。実際に、肉声で聞く話し方はあまり好きにはなれない。ただ、こうやって文章にすると、肉声を聞くほどのアクはないので、それなりに読み通すことはできる。
 内容は、面白い。この中に出てくる映画の中には、観たこともある映画もあるし、そうでない映画もある。観たことのある映画については、へ~こんな見方ができるんだ、と感心してしまった。
 観たことのない映画で、この本を読んでから観た映画としては、「マネーボール」がある。たぶん、この本を読まなければ、私の観る映画の範疇に入っていない映画なので、観ることはなかった。観てみたらおもしろかったので、この本のおかげで観ることができた。ただ、何となく、偏った見方をしてしまっているような気もする。
 そもそも、映画をこういう観点で観て面白いのか、という疑問も出てくる本だ。

 

 このブログの分類で科学に分類してみた。世の中で超常現象と言われている現象に、科学的なアプローチで解明してみようという内容だがらである。NHKの放送の副読本的な位置づけの本である。
 TV番組の方は、一度見て、見るのをやめた。何となく、ダラダラした内容だったからだ。本の方は、内容のエッセンスを取り出して紹介しているので、2時間もあれば、読める。
 まず驚くのは世の中にはこれほど多くの超常現象があるということだ。この本でも、その全てを解明できているわけではない。ただ、オーパーツとして有名なクリスタル・スカルの話は明快で、超常現象のかなりの部分は、この手の話の同工異曲なのだろうと想像できる。

 

 映画でも小説でも有名な2001年宇宙の旅のシリーズ最終作である。だが、小説の内容は、あまり2001年宇宙の旅のシリーズらしくない。2001年宇宙の旅の宇宙船ディスカバリー号の船長代理フランク・プールが奇跡的に3001年に発見され蘇生する。基本ストーリーとしては、2001年宇宙の旅のシリーズの形態をとっている。だが、実際の物語は、21世紀の人間であるプールから見た31世紀の地球の様子を、クラークお得意の淡々とした記述で重ねていく。未来を描かせたらピカ一のクラークの作品だけあって、1997年刊行という作品でありながら、その未来像は説得力がある。私のようにサイバーパンクがあまり好きではないタイプの人間にとっては、安心して楽しめるSFである。

 

 言わずとしれた大ベストセラー作品である。私は、最近の大ベストセラーの小説を読むことはあまりない。年を取ったためか、どうも面白いと思う感性が世間とずれているのか、せっかく買っても面白くなくて途中でギブアップすることが多いからだ。ただ、百田尚樹の作品だけは、手に取った作品の半分くらいは読了している。この本も一気に読むことができた。ただ,知人が言っていたような涙が出て仕方ない、というほどの感動は感じなかった。戦争中に祖父と関わった人の話を聞きながら、祖父の姿と死の真実に気づいていくという組み立てはすばらしいのだが。

 最近本当に本屋行く回数が減ってきている。
 その一つの理由は、単身赴任している会社とアパートとの間にまともな本屋がないことがある10分ほど寄り道すれば本屋があるのだが、そこまでしてわざわざ行きたいと思わせるような品ぞろえではないのである。自宅では最寄りの駅に、そこそこ大きな本屋が3軒ほどあるので、2日に1回は本屋へ寄っていた。
 単身赴任していた当初は、本屋へ寄れないのがストレスだったのだが、最近では特になんとも思わないようになってきている。どうしても欲しい本はネットで注文できるからである。ところがこれはある意味善し悪しである。
 本屋へ寄らなくなったことによって、本の選択肢が狭くなってしまっている。自分の関心の深い分野の本しか買わなくなってきているからである。本屋に寄ってうろついている時に、なぜかタイトルに惹かれて手に取ってみて、少し立ち読みすると結構面白いので買ってしまったというような、自分にとって新しい分野の本に出会うことが少なくなっているのである。
 もう一つは書評をあてにしてネットで注文した本が、意外につまらなかったということもある。昔なら必ず本屋で少し立ち読みして、自分にとって面白い本かどうかを確認した上で買ったものだ。それができなくなっているのである。今年は、もう少し本屋に寄るようにしてみたいものである。

 藤原正彦、美子夫妻はどちらも学識の深い人である。この夫婦が歴史を題材として散歩をする際の会話を本にしたものである。歴史といっても主として作家に関する話が多いのは、藤原夫婦の専門によるものであろう。いかにも夫婦らしい掛け合いだけではなく歴史に関する知識の深さを感じさせてくれる。
 私のような庶民の夫婦の会話ではこうはいかない。ただこの本を手にして1カ所でもいいから夫婦で散歩してみたいものだと思わせてくれる。

 

 戦国大名が構築した各地の城に関して、時代ごとに特徴となる部分を解説するという面白い内容。ただ、そうした解説では、実際にどうなっているのかという写真や図が重要なのだが、それがわかりにくいのである。写真が白黒である、ということもあるのだが、写真のいったいどの部分が、本文の解説にあるのかがわからないのである。そもそも写真に対する詳しい解説がない。
 もともと、ある程度知識のある人ならわかるのだろうが、新書なので、予備知識がない読者が対象だと思う。そういう読者には、少し不親切な本である。

 

 司馬遼太郎の魅力は、主力の歴史小説だけでなく、対談にもすばらしいものがある。ただ、対談というのは、その性質上、対談相手によって内容は変わる。そういう意味では、この対談の相手は歴史学者の林家辰三郎なので、その対談の内容は表面に流れることのない、丁々発止の対談になっている。それでいて、対談なので、素人の私が読んでも理解できる内容なのだ。歴史の深さと面白さを感じることのできる本である。
 さらに、この文庫本の解説者が、これも歴史小説で有名な陳舜臣で、この本の面白さをスバリ解説してくれる。

 

 この本のエッセンスが、呼吸法の実践方法だとすれば、「鼻から3秒息を吸って、2秒お腹の中にぐっと溜めて、15秒間かけて口から細くゆっくりと吐く」という1文だけで終わりである。
 だが、それだけでは、実際には、そうした呼吸法を実践する意義、なぜそういう呼吸法を考え出したのか、他の呼吸法とは何が違うかなどがわからない。そうしたことを知らないと、人間というのは、たったこれだけのことでも実践はできない。文庫本にして180ページ程度の薄い本なので、すぐに読めてしまう。それでいて、呼吸ということの重要性がわかる。でも、1回読んだだけでは、実は何もわかっていない。とこどき、その主要な部分を再読したくなる本である。
 筆者そのものの考えなども盛り込まれていて、単に健康の本という範疇ではおさまらないかもしれない。そもそも筆者の専門が呼吸の研究であったことを初めて知った。

 

 以前書いた、赤瀬川原平と山下裕二による日本美術応援団の第4弾である。美術館だけではあきたらず、国会議事堂や長崎造船所資料館へも進出して、そこで美術する。美術というのは、美術館や博物館で鑑賞するだけのものではない、ということがよくわかる。東大総合研究博物館では、貝の展覧会で、その展示のデザイン性に感心したりしている。
 さすがに、ここまで範囲が広がると、日本美術応援団というよりは、確かに社会科見学である。しかし、これも前に書いたオトナの修学旅行でも思ったのだが、修学旅行とか社会科見学というのは、オトナになってから見る方がよく見えるものもあるのだろう。