2015年10月アーカイブ

 狭い空間で人が生活するシーンをある映画で見たことがある。その映画の題名も内容も忘れてしまったがそのシーンだけなぜか頭に残った。後日それが軍艦島というところであること知った。長い間、立ち入り禁止であった軍艦島だが一部が訪問できるようになって観光地になっている。しかし、そこで見に行けるのはあくまで廃墟としての軍艦島である。
 本書は、軍艦島での生活を撮影した写真を基に、軍艦島での生活を記述した貴重な本である。密集した空間、嵐になると押し寄せてくる波で水没する場所、子供達の生活、炭鉱での仕事。モノクロの写真と、その写真に関しての文章とが、軍艦島での生活を伝えてくれる。巻末には、住んでいた人の座談会についても収録されている。
 世界遺産になってから雨後の竹の子のように出版された本とは一線を画する内容だと思う。

 

 玉村豊男といえば、「パリ 旅の雑学ノート」である。30年以上も前の新潮社文庫版を今でも私は持っている。こんな風に旅の記録を残したいと思ったけど、そんな才能は私にはなかった。
 その後、ワイナリー経営に転身したりして、旅に関する著書を見かけることがなかった。久しぶりに、玉村豊男の旅に関する著書ということで、手に取った。あの、旅の雑学ノートの勢いはないが、自分流の旅を、あっさりとした文体で書かれていて、年を取ったら旅というのはこうなるのだ、ということがよくわかる。雑学ノートは作れなかったが、自分なりの旅の流儀は作ってみたいものだ。

 太陽系の惑星や月で基地建設などの土木工事をする技術者達を描いたハードSFの短編集。
 この小説のトーンは、登場人物の次の言葉に集約されている。

 前例を作るのは我々であり、責任を負うのも我々なのです。技術者という職種は、そのために存在するといってもいい。

 前例踏襲、事なかれ主義では、現場は何もできない。現場というのは、常に前例のない事象が発生するものだ。
 短編集の最後の方は、こういう現場技術者の話から少しはずれて、サービス満点の話しになる。私としては、最後まで、この地味なトーンの方がよかった。

 少し前に、スティーブン・キングの11/22/63を読んだら、その解説に、本書のことが書いてあった。私の記憶では、高校時代に、高校の図書館で新刊を読んだ覚えがある。その時は、何とゆっくりとした小説だと思ったことを覚えている。
 再読してみて、このテンポこそが、この小説の持ち味であることがよくわかった。ストーリーを追うという読み方をしていた高校時代には、それがわからなかったのだろう。ただ、11/22/63に比べると、過去への郷愁が甘すぎることは確かである。ここで出てくる人たちは、乾板方式の写真機を買えるだけの収入のある人たちなのである。もっとも、そのことが、この小説の瑕疵になるわけではない。この甘さこそが、この小説の持ち味であろう。

 

 少し前に、古本でしか入手できない本の感想を書いたが、これも古本でしか買えない。とはいえ、ヒューゴー・ネビュラ両賞受賞作なので、古本もかなり流通していて、簡単に買える。
 実は、TVで映画「エラゴン 遺志を継ぐ者」を見て、人間とドラゴンとの関係が、このパーンの竜騎士とよく似ていたので、急にこの作品が読みたくなったのである。シリーズものの例にもれず、シリーズの中でこの作品が最も面白い。
 竜と騎士との関係、赤の星とそれにまつわる伝説、今や廃れてしまった伝統を盛り返そうとする若い指導者、など、いろいろな要素が、うまい伏線とともに、小説として成立している。

 ホラー小説の巨匠スティーブン・キングのタイムトラベルSFである。しかも、大長編だ。
 主人公が、ある穴を通ると、そこは過去の世界であった。その時点は、ケネディー大統領暗殺の4年前であり、主人公は、その世界に住み、ケネディー大統領暗殺を阻止しようとする、というのがメインプロットである。
 であるが、主人公の過去での生活がじっくりと描写される。過去の世界の、良い点も醜い点も含めて描き出されている。著者がこの作品を書こうとしたのは1972年だったという。なるほど、はるかな過去の世界なのに、あまりにリアルな描写である理由がよくわかる。日本人の私ですらそう思うのだから、米国人にとっては、なおさらであろう。タイムトラベルSFとかいう範疇を超えた作品である。