2014年12月アーカイブ

 書物を愛する人のための本というのが副題である。読書好きの私としては、いつか手に取って読んでみるべき本のように思っていた。実際に読んでみたら少し退屈だった。
 私は、読書の時間が好きである。でも、本そのものにこだわりはない。電子書籍で入手できるのなら、図版の多い専門書以外は、紙の本と電子書籍なら基本的には電子書籍を選ぶ。今出版されている本だけでも、読みたい本がたくさんあるのに、古書を買うということはめったにない(Amazonで古書が気軽に買えるようになって、かなり古書を買うようになったのは確かだが)。紙の本が増えると書棚からあふれるので、読み終えた本は売り払うことにしている。
 読書は好きでも、本を愛しているわけではない私にとって、「書物を愛する人のための本」が少し退屈だったのは当たり前のことかもしれない。

 

 前にも、この2人の対談集を取り上げたことがある。本書は、そうした数多い赤瀬川原平と山下裕二との対談集の記念すべき第1弾である。この2人は、年齢も20才ほど離れ、この対談で初対面だったらしいが、その対談の掛け合いの面白さは、最初からであることがわかる。よほど、馬が合うのであろう。
 しかも、内容は、日本美術応援団という題名通り、日本美術を題材に、その感想を語りあうのだが、既成概念にとらわれず、素直に自分の感想を語りかける赤瀬川原平の話に応じて、アカデミックに属するはずの山下裕二も、そんな発言していいのだろうか、というような素直な発言をしている。美術というのは、こう見るべきということはなく、素直に見たままの感想でいいのだ、ということ。そこに、少し知識が追加されると、より面白いのだということが、わかる本である。

 

 かつて、SANYOという個性的な会社があった。その会社が消えてしまう。経営観点だけでなく、社員の視点からも、消えてしまったSANYOを描いた物語。
 SANYOというのは、SONYやPanasonicに比べ、安物というイメージとユニークというイメージの入り交じったブランドであった。それは、一人一人は個性的で能力があっても、組織化した仕事の苦手なSANYOという会社の特徴がそのまま製品に出ていたのだということが、この本を読むとよく分かる。高度成長期には、一人一人の個性が業績に結びつく。ところが、不景気になると、組織力が十四になる。SANYOは、失われた10年を生き抜くだけの組織力がなかった。そして、個性はないが、組織力で勝るPanasonicに吸収されてしまう。
 SANYOの良いところは、典型的な大企業で官僚的なPanasonicの幹部社員から見て、異質の存在であったであろうことは想像に難くない。個性的なSANYOブランドを支えてきたキーマン達が、Panasonicを追われることになったり、大組織の中で埋没しまう。その物語をも追っていく。
 サラリーマン読者にとって、人ごととは思えない物語である。

 

 「地団駄は島根で踏め」という題名は本当にひきのある題名である。
 地団駄のような語源を訪ねて実際にそこへ旅する、という旅のルポである。語源を訪ねて旅をするということを思いついた時点で、この本が面白いということは約束されていたようなものである。そして、実際に期待を裏切らない内容になっている。
 訪ねた場所は、何と23箇所。よくもまあ、こんなにあるものだ。少し紹介すると、急がば回れ(滋賀県・草津市)、ごたごた(神奈川県・鎌倉市)、らちがあかない(京都府・京都市)。行くだけでも大変だ。
 語源に関係する場所を実際に訪ねるだけでなく、旅の中で、その語源に関係のあるお土産まで紹介するという親切さである。こうしたちょっとした寄り道が、この本のおもしろさに、さらに花を添えている(花を添える、の語源て何なんだろう?)。

 

 数学の未解決問題を解説した本である。私は、一応理系の大学を卒業しているが、数学の未解決問題は、そもそもその問題そのものが理解できないことが多い。未解決問題に関する本は多いが、全く理解できないか、やさしく解説しようとしてよけいにわからなくなっているか、数学者の苦闘の歴史になっているかのいづれかである。そんな中で、未解決問題そのものの輪郭だけでも理解させようとする本書は、素人にもかろうじて理解できる内容である。ただ、数学が苦手であった文系の人に勧められるかというと、さすがに読むのは難しいのではないか、と思う。
 さらに、最近の数学の進展により、中身が古くなっている部分もある。だが、この本は、そもそも問題に関する解説なので、古い本だから価値が減ずるわけではないだろう。

 

 ゼロからトースターを作るということに挑戦した若者の記録。このゼロから、と言う意味が、そもそも鉄鉱石から鉄を作る、という本当に「ゼロから」トースターを作ることに挑戦している。
 課題設定は、非常に面白い。この課題設定の面白さにひかれて、本書を読んだのだが・・・。途中で少し飽きが来てしまった。課題設定は面白いのだが、この若者の行動に感情移入できないのである。ちょっと、腰砕けの読後感である。

 

  ヨミウリ・オンラインで連載されていた記事の単行本化である。スキマ旅というのは、有名な場所ではなく、その場所に関係のある人しか立ち入らないであろう場所へ筆者が出かけ、主としてお土産屋や飲食で会話するという旅のことである。
 これを読んで、そこに掲載されているところへわざわざ行きたいという人はいないだろう。現代人は多忙だからだ。
 でも、そんな実用性ゼロの本がなぜか面白い。観光地化されていない場所というのは、こんなにもいろいろな場所、いろいろな人がいるんだということに気づかせてくれるからだろうか。

 

 前に書いた司政官シリーズの長編である。司政官シリーズの長編は、本書と引き潮のときとがある。本書はSFマガジンで連載され、私もちょうどその頃はSFマガジンを読んでいたので、よく覚えている。それまでは、司政官シリーズというのは全て中編小説だったので、本書中編小説かと思っていた。連載時、第1回は「前篇」、第2回は「中篇」だったので、第3回は「後篇」で完結するかと思っていたら、「後篇・その1」となって、延々と連載された。毎号SFマガジンを買うほどのSFファンではなかったが、この連載を読む必要性があるので、SFマガジンを毎月買っていたことを思い出す。
 本書は、太陽の新星化に伴い消滅する惑星から、住民をいかに救出するのか、という難題を課せられた司政官の物語である。この時代、既に司政官の権威は失われていた。そんな中で、司政官として、住民の生命のみならず、惑星移住後の生活も考えた上で、惑星丸ごとの移住計画を立案し、実行するという壮大なスケールの話である。
 本書の最初に、「アイザック・アシモフ氏へ」という献辞がある。これは、アシモフの宇宙気流で惑星から住民を退避させたというエピソードがあるが、本当にこれを実行するとなったらどうなるのだろう、ということに着眼点を得て書かれた小説だかららしい。
 既に権威のなくなった司政官制度の中で、司政官としてのあり方を模索しながら、苦闘する司政官の姿は、司政官シリーズの中でも最も印象的だ。

 

 私は中高年世代だ。インターネットや携帯電話は、社会人になってから使い始めた。ブログは書いてはいるが、SNSはやっていない。どちらかというと、人見知りのするタイプの典型的理系人間である私にとって、SNSを始める気になれなかった。
 ツールというのは、子供の頃からあるものと、若い頃に出会うものと、社会人になってから出会うものとで、使い方が異なる。子供は大学生だが、彼らの使い方は、私とは全く異なる。
 そういう意味では、この本は、私と同じ世代の人間から見たソーシャルメディア論にすぎない。でも、その内容は、中高年にとっては衝撃的なものである。いろいろなエピソードは、断片的には知ってはいるものの、こうして整理されて提示されると、今後の日本はいったいどうなるのだろう、と思ってしまう。
 でも、新しいツールというのは、使いこなすのに時間がかかるものだ。最初は、いろいろな問題も出るだろう。でも、そのうちに適切な距離感を持って使いこなせるようになるものだ。現時点では、気持ち悪い使い方がされているのだろうが、時間が経てば、それなりに落ち着くのだと思う。

 

 今、男が買う本、女が求めるビジネス書 NEWS FILE:PRESIDENT Online – プレジデントに面白い話が載っていた。ビジネス書のベストセラーのタイトルにおける男女差である。少し引用する。

 男性読者が購入するビジネス書は、タイトルに「嫌われる」「孤独」「心配」「一流、二流」「覚悟」等の言葉が入るケースが多い。
 (中略)
 逆に女性は「孤独」「心配」などネガティブな言葉を嫌う傾向がある。「~作成術」「~解決」と言ったポジティブ、かつ実用性を大切にして選んでいく。

 へぇー。そんなものか。と少し驚いた。私自身は嫌われるとか孤独とかいうタイトルの本はめったに読まない。最近で、唯一読んだのは「嫌われる勇気」 である。これもタイトルに惹かれて読んだのではなく、書評を読んで読んでみた本である。しかも、私にはあまりピンとこなかった本である。よく考えてみると、最近、本屋でタイトルを見ながらビジネスを買うという行動をほとんど取っていない。書評を見て、ネットで本を注文するというパターンが多い。良いことなのか、悪いことなのかはわからないが。

 旅行のノウハウ本というのは、旅行の達人の本が多い。若い人であれば、そういう本を読んで、自らも旅行の達人になるというのもいいであろう。ところが、中高年にとっては、そういう本はあまり役に立たない。いまさら、旅行の達人になるよりも、楽に楽しく旅行を楽しみたいからである。
 以前紹介した「50才からの海外旅行術」はツアー旅行の楽しみ方を書いた本であった。「シニアに優しい旅のコツ」は、同じくツアーの楽しみ方を主としているが、もう少し広い範囲でコツについて書かれている。
 なるほど、と思ったところを少し引用してみたい。
 まずは、パッケージ選びのチェックポイント

 シニアにとって無理のないスケジュールになっていなかを知るためには、次のチェックが必要です。
・「1都市2泊以上」の原則が守られていること
 (後略)

 食事について

 どういうわけか日本人は泊まっているホテルのレストランでのランチやディナーを嫌うようです。ガイドブックに載っている有名レストランとか地元の名物料理店とか、あるいはやっぱり日本食でなくちゃ、といいながら出かけます。(中略)
 ひとつの場所に2泊以上するときは、一食はホテルのレストランでゆっくりと食事してみてはどうでしょうか。

 旅行について

 旅はもともとお金がかかるものです。
 (中略)
 旅を楽しむということは、いかに時間とお金を上手に使うかということでもあります。

 中高年のための旅のヒントをまとめて読めるという意味では、参考になる本である。現時点では古本でしか注文できないようだ。

 

 落語作家で生前の桂枝雀とも親しかった著者が、それぞれの演目のちょっとした解説と、それにまつわる桂枝雀の思い出について書かれた本である。枝雀落語の中から48の演目について解説されている。
 例えば、私の大好きな演目の1つである「代書」から少し引用してみる。

 この話の主人公である松本留五郎は枝雀落語の・・・・というより上方落語界、いや我が国落語界のスーパースターである。
 大阪市浪速区日本橋3丁目26番地の生まれで年齢は46歳。父は20年前に亡くなったは母親は健在。生年月日は年度こそ不明だが1月1日。本籍地内の小学校を2年で中退。職業は「ポン」。米菓を製造販売してを立てていたわけである。

 ここだけで「代書」のエッセンスが語られつくされている。他の演目の解説も、枝雀落語の面白さを語りつくしている。さらにはその演目の音源まで紹介されているという親切さである。
 桂枝雀だけではなく、師匠の桂米朝や弟子の思い出も語られていて非常に面白い。作品だけの紹介ではない面白さがある本である。
 一方、各演目で時期による芸の違いの解説などもあって、既に持っているDVD以外にも購入したくなってくるという副作用がある。ファンにとって危険な本でもある。
 ただ惜しむらくは、目次の部分で各演目のページが振られていないので、演目からその解説をたどるのに時間がかかる。残念である。資料性もある本なのでもう少し丁寧に編集して欲しかった。

 

 日経パソコン創刊30周年特別編集ということで、2013年に出版された本だ。初期の頃からパソコンを触ってきたので、どんな30年だったのだろうという、少しノスタルジックな興味にひかれてこの本を購入して読んでみた。正直言って、読み物としての出来はあまりよくない。日経パソコンの各号の紹介があるという意味では資料集的な要素がある。だが、一方では、その年のトピックスを2ページでまとめた読み物的な要素がある。少しよくばりすぎて中途半端な印象を与えているのである。
 ただ、それぞれの年でどのようなPC関係のトピックスがあったのか、ということを振り返るには良い本にできあがっている。何よりも、古くからパソコンをさわってきた人にとっては、なつかしい内容である。この手の本で、回想的な内容の本はあるが、こうした年度ごとにまとめられた本は意外に少ない。
 組み込み技術者の単身赴任日記の方でも、不定期でこの本の内容から思い出した私の思い出を書いたりしている。たとえば、長年愛用したPC9801に関しては、この記事で触れている。

 

 裏工作によってワシントンD.C.を仕切っているロビイスト会社に勤めることになった主人公の物語。
 主人公は詐欺師の父親の血を引いて、犯罪行為のスキルも持ちあわせている。そうした犯罪の世界から足を洗うために、苦学してハーバード大学のロースクールに通って、この会社に勤めることになる。その時点では、この会社がそうした裏工作をしている会社であったとは知らない。
 しかし最初の大きな仕事をする時点で、この事実を知ることになる。そうした裏工作に従事する中で、元々持ち合わせていた犯罪行為のスキルを生かしながら、その会社の中で大きな地位をしみるようになっていく。これが前半である。
 ところがその中で、自分が会社のスケープゴートになりかねないということを感知し、そこから逃げ出すために必死の工作をして行く。これが後半である。
 前半と後半とではかなり異なった内容の小説になっている。だが前半のストーリーで、主人公の人生に共感することによって、後半の少し無理があるストーリーを一気に読ませてくれる。解説によると、映画会社が映画化権を取得したということであるが、それも納得である。

 

 日本SFの初期の頃から活躍した眉村卓の代表作である。
 司政官シリーズということで、短編だけでなく長編もある。司政官というのは、人類が宇宙に出て行って、惑星を植民地化している時代の話である。初期の時代は、軍隊が常駐していたが、植民政策が進展する中で、司政官というテクノクラートが惑星運営することになる。その初期の頃から、形骸化するまでの時代の中からピックアップして小説にするという壮大なシリーズものである。それを、統治機構からではなく、統治機構の末端に属して、惑星という現地に住み、統治機構と現地との間で悩む司政官の物語である。現在の会社にたとえれば、まだ市場参入したばかりの国の支店長として現地赴任した本社では部課長級でしかないサラリーマンのような立場とでもいえようか。こういう中間管理職を書かせたら、サラリーマン経験のある眉村卓の得意の分野である。
 この短編集は、従来の短編集とは異なり、いくつかの特長がある。
 まず、著者がこの本に向けたあとがきを収録している。これは眉村卓ファンにとってうれしい。私は、既に、ここに収録されている短編の本を別途持っていたのにもかかわらず、このあとがき読みたさに、本書を購入した。
 従来の短編集は、短編の発表順であったが、この本では司政官制度の年度順で収録されている。この順番で読むことで、シリーズの構成力のすばらしさが理解できる。
 司政官シリーズの世界観とロボット組織は意外に理解が難しいが、これに対する詳しくわかりやすい解説がついている、そのことにより、本短編集を初めて読む人にとって、すぐにこの世界へ没頭できる知識を簡単に得られる。この本で初めて司政官シリーズを知ることになる人たちにもお勧めである。

 

 太ももは第2の心臓と言われ、毛細血管へ行った血液を心臓に戻すという大きな働きをしている。この筋肉は、瞬発力に必要な筋肉である白筋ではなく、中高年になっても比較的老化を防げる赤筋からなっている。この筋肉をきたえるというのが、中高年からの健康にとって重要になる。
 ただ、やみくもに鍛えるのではなく、目的別にどのように鍛えるか、ということが、この本では具体的に書かれている。しかも、それぞれの運動は、さほどの運動量も時間も必要のないもので、長続きさせることが可能である。私もここで書かれている「反復つま先立ち」という運動を、半年間、ほぼ毎日実行している。
 運動の効果があるかは正直言ってわからない。健康というのは、そういうものだろう。

 

 ショートショートで有名な星新一の数少ない長編小説である。ネットワークによって繋がったコンピューターが自律した行動をとるようになり、ついには神様のような存在になるという話である。古い小説なので、このネットワークによって繋がる手段はインターネットではなく電話網である。ただそれを除けば、今でもネットワーク社会が持つ怖さとでも言うべきものがあぶり出されている小説であると言える。私はこの本を40年くらい前に読んでいる。その時にはこの小説のリアリティーは理解できなかった。そもそも電話網にコンピューターが繋がるということが、まだ一般的には知られていない時代であった。今読んでみると、そこで描かれているコンピューターネットワークによるサービスであるとか、ネットワークが自律的に動くということがどういうことであるか、そうしたことがリアリティーを持って描かれている。 IBMは人工知能を事業にしようとしている。その動きがこの本で描かれている世界の先駆けでなければいいのだが。

 

 別のプログで書いたのだが、赤瀬川原平展を見に行った。その展示会場で、赤瀬川原平の本として、この本が展示されていた。帯にあるように、「コドモの時は、あんなにつまんなかった」京都を、オトナが行くという趣向の本である。赤瀬川原平なので、旅行ガイドブックにあるような内容ではない。一番最初の訪問地は金閣寺なのだが、そこに「正面の建物は金閣です。金閣寺ではありません。」という立て看板がかかっているということを面白いと感じ、その写真が本に掲載されるのである。
 文化財だから、芸術だから、かしこまって見なければならない、という規制から外れて、面白いものは面白い、美しいものは美しいという感じたことをそのまま対談にしている。中に出ている情報は少し古いが、こうした見方は今でも斬新だと思う。

 

 私は真面目な人間である。真面目以外には取り柄がないという、典型的なサラリーマンタイプの人間である。この本はターマンとフリードマンによる1500人を対象とした80年に及ぶ研究を基に、どのようなタイプの人間が長寿なのか、ということについて研究した結果を紹介したものである。
 そのエッセンスを著者のあとがきから引用する。

 その中の重要な発見のひとつは、親や配偶者との関係が安定したものであるかどうかが、その人の寿命にさえ大きな影響を及ぼすということだ。人との絆は、単に心理的な慰めというよりも、栄養や運動に劣らず、生存を支え、命を保たせるために不可欠な要素なのである。
 もう一つの驚くべき発見は、たとえストレスがあっても、仕事に励み、自らを役立てることは、寿命にプラスだということだ。

 結論としては上記の通りなのだが、これらのことについて、詳細に紹介されている。実際の例についても紹介されているので、真面目な人達にとって長生のための参考になるのではないかと思う。
 男にとっては、配偶者との関係というのが非常に重要であるということである。特に離婚というのは10年も寿命短くしてしまうらしい。離婚されないようにしないと大変である。

 

 アカマイという会社は、インターネット技術に関連した仕事をやっている人間にとっては、名前はよく知られている。私もコンテンツ配信のインフラを担っている会社だということは知っていた。が、それ以上のことは知らなかった。そもそも、ネットワーク関連の専門誌やビジネス関係の専門誌でも、この会社のことを取り上げた記事は見たことがない。
 そのアカマイという会社を、知られざるインターネットの巨人という位置づけで、ビジネス面と技術面の両面について解説した本である。
 技術面では、コンテンツ配信で最も問題となるところは何か、それをDNSやPINGなどのインターネットにある仕組みを上手く利用して、その課題解決をしている仕組みが解説されている。インターネットの技術そのものを知らない読者にもわかるように丁寧に解説されているが、それでも全く何も知らない読者が理解するには難しいかもしれない。
 ビジネス面では、そのポジショニングのユニークさがよくわかる。直接の顧客はコンテンツを配信したい企業なのだが、それだけでなくISPにもメリットがあるような形で運営することによって、世界中のネットワークに配信サーバーを配置し、それが自社の強みになるというビジネスモデルである。
 技術面とビジネス面と両面で語らなければ、アカマイという会社が、なぜインターネットの巨人なのかがわからない。その両面を的確に解説してくれた本といえる。

 

 現代人にとってメンタルヘルスというのは重要な健康課題である。いろいろな本も出ている。一般人にとって重要なのは心の病気にかかる前に心の疲れをとることである。
そのためには心の疲れを自覚することがまず第一である。だが実際には体の疲れはわかりやすいが心の疲れを自覚することは難しい。どのように疲れを自覚するか、疲れはどのように進行するか、などについて、具体的かつわかりやすくまとめられている。別のブログでも書いたが、何度か読み返して参考にしている本である。

 

 成果を出すためには方法論が必要という著者の議論を努力ということに対して適用してみた本である。努力そのものが尊いという考え方は努力信仰としてあっさりと否定される。努力信仰の最大の問題は、私は毎日努力していると言い聞かせそれだけで満足してしまうことがあるからである。何のために努力をするのかというと、結果を出すためである。結果を出すためにはどのような努力をしなければいけないのか、ということが重要だというのが本書のメッセージである。
 基本的な考え方に加えて、いくつかの具体的なケースに対して、このように考えてみたらどうかという著者のアドバイスが書かれている。その一つ一つのアドバイスは短いものだが、十分に納得のいくアドバイスだと思う。

 

 虐殺器官で有名な著者のSF。一種のアンチユートピア小説である。この世界ではメデッケアという装置が個人個人の健康を管理し、それぞれにふさわしい薬物を提供してくれることによって、健康な生活ができるのである。だがその世界は逆に言えば息苦しい世界でもある。アンチユートピア小説の定番で、その息苦しさから逃れる主人公を中心に話は進む。
 他のブログでも書いたのだが、IoT技術が変な方向に行きすぎると、同じような世界が出現しないとも限らない。

 

 ゼロ年代最高のSFとしてあまりにも有名な本である。その有名さにふさわしい面白さを持った本でもある。昔SFを好んで読んでいた。ところがある時期から新しく発刊されるSFが私の好みから外れてくる時期があった。ちょうどその頃に、仕事が忙しくなり、その影響でSFを本当に読まなくなった時期があった。
 そんな時に、この本を見つけて本当にそんなに面白い本なのかという疑問を持ちながら読んだが本当に久しぶりに一気に読了することになってしまった。この本でSFの面白さに再び目覚めて最近は少しはSFを読むようになった。