フロスト始末:これでシリーズ最後か・・・

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 第1作「クリスマスのフロスト」は、衝撃的であった。こんな下品なジョークをいい、推理というよりは動き回ることで偶然から事件を解決するという、さえない主人公。でも、これが面白い。以来、欠かさず読んできた。
 そして、本作で、著者の死により、とうとうシリーズ最終作になってしまった。下品なジョークは、慣れてしまった。推理というよりは直観だけで動き回る無駄な捜査にも慣れてきた。
 でも、要領で偉くなっていく主任警部や警視たちよりも、現場をはいずりまわる主人公が魅力的であるのは確かである。今回は、亡き妻との回想シーンが多く、ちょっと下品さに欠けるのが残念だが、とんでもない行動に出るのは、相変わらずだ。

夜明けのロボット:ジスカルドの登場

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 鋼鉄都市、はだかの太陽に続くベイリ刑事が主人公のSF推理小説の3作目にして最後の作品である。この作品が興味深いのは、作者の銀河帝国シリーズとのつなぎで大きな役割を果たすロボットであるジスカルドが登場することである。
 この本単体でも読めるし、ジスカルド登場の作品としても読める。

 SFの古典的名作だ。副題に、食人植物の恐怖とある。確かに、トリフィドという題名は、食人植物の名前である。だが、この小説が、食人植物に追われるだけの話かというと、ちょっと本作を矮小化した副題だ。
 ある夜のできごとで、世界の人間の大半が、失明してしまう。そんな世界の中で、数少ない目の見える人々が、自分達の価値観、行動で生き残りを模索する。その人達の葛藤と対立こそが、この小説の本筋である。この小説のすばらしいのは、そんな失明だけでなく、追い打ちをかけるように、今まで管理されてきたトリフィドが、無管理状態になって、人々に襲い掛かるという設定である。このままいくと、人間社会は滅び、地球はトリフィドに支配された世界になってしまう。これを、食人植物の恐怖と表現するのは、どうなんだろう?
 英国のSFなので、パニック小説ではなく、話はたんたんと進む。この進み方がなんともいえない味なのだ。

 若い人に読んで欲しいという趣旨のレビューが多い。その通りだと思うが、若いころに手にとっても、説教臭いと思うだけかもしれない。もちろん、著者が述べていうように年配者からの説教をまとめたのだから当たり前かもしれないが。
 私も、中高年だ。そして、この手の本の書かれたことが身にしみるのは、実は中高年になってからなのかもしれない。著者のように、若いころから素直に耳を傾むけることができたら、もっと、まともな人間になっていたのだろうなあ、と思う。でも、今からでも遅くないのだ、きっと。

 いろんな場所を題材に、それぞれの担当者が、旅の作り方を書いた本である。ありきたりのガイドブックには出てこないような話が満載である。でも、それが自分にぴったりがどうかは、個々人の旅のスタイルによって異なるであろう。私は、海外旅行右往左往という旅行記を書いているのだが、基本は、有名な観光名所巡りが基本だ。そんな私には、少しハードルが高い。
 ただ、この旅行記には入れていない、台湾旅行については、次回行くときには、本書を参考にしようと思った。

 飛行機代をいかに安くするか、ということでいえば、LCCは1つの選択肢である。私はLCCを使ったことはない。でも、一度経験してみようかな、と思って、本書を手に取った。私のように、年に1~2回しか旅行で飛行機に乗らない人間にとっては、本書で紹介されている苦労と、安さをはかりにかけると、LCCには乗れないというのが結論であった。でも、何も知らずに、LCCに手を出さずに済んだのは大きな収穫である。

 ポアロものは半分ほど、それ以外にそして誰もいなくなったなどの有名作品を読んでいる程度の私には、非常に参考になった。こんなに、面白い作品がまだあったとは。自分の読書予定に、数冊加えることができた。
 最大の問題は、アガサ・クリスティーはミステリーでありながら、再読に耐える作品が多いことだ。今回、本書を読んで、既読の作品の魅力を再発見し、再読したい作品が、上記読書予定以上に増えたことである。またまた、読書に時間がとられてしまう。

 前に、「司馬遼太郎」で学ぶ日本史:何を学べるのかを学べる本 - 読書右往左往を読んだので、その勢いで、よく似た題名の本を読んでみた。こちらは、何を読み解くのかはよくわからない。司馬遼太郎の本を列挙し、その時代に関する筆者の雑談を並べたように思える。でも、意外に、面白い。

 TV番組「100分de名著」の内容に加筆したもののようだ。TV番組も見たのだが、やはり本にした方がよくわかる。
 司馬遼太郎の小説は、歴史小説であって、歴史書ではない。でも、我々にとって重要なのは、史実かどうか、ではなく、まず面白いかどうかである。
 面白さ以外の重要なことは、人それぞれだろう。でも、司馬遼太郎の本からこんなことが学べますよ、ということを語ってくれるのは、本から何かを学びたいと思うときには、いい手引書になる。司馬遼太郎の長編小説はすべて読んだのだが、へ~、こんなことも書かれていたのか、と気づくことも多い。
 筆者が歴史家ということで厳しい目のレビューが多いようだが、書名が歴史を学ぶ本のような書名だから誤解を与えるのだろう。歴史に詳しい人が、司馬遼太郎の本から学べることを教えてくれる本、と思って、軽い気持ちで手に取る本だ。

 最近、この手の本をよく読む。自分もその年齢になろうとしているからだ。だが、本によって、自分に響く本と響かない本とがある。この本は前者であった。
 特に、筆者が企業を定年退職した人であり、その定年後のエピソードを披露している部分が響く。夏の間は、会社員時代のように起床できるが、冬になると起床時間が遅くなり、夏になると再び早くなった、という話など、そうなんだろうなあ、それが定年ということなんだろうなあ、と思った。